【 点駕:TENGA 】 第一話 邂逅

CAST
・高岡啓太(Takaoka Keita):部類の格闘技オタク
・泡沫矩人(Utakata Norihito):美貌の書道部部長、陰陽書師
・凪原亜兼(Nagihara Akane):陰陽書師凪原家の長女 バトミントン部所属


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第一話     

邂逅(くゎぃこう)

文字に秘められた不思議な霊力を、あなたはご存知ですか?  奈良県の端にある人里離れた私立の高校、修堂寺高校は情報過多の時代の今日でも、その名を知る者がほとんど居ない小さな高校だ。熊野路の途中に、山奥深く建てられた寺院をそのまま校舎として使っているのだが、その創設は平安時代にまで遡ると言う。 いじめ、登校拒否、引きこもり、暴力など、とかく世間で問題を起こす生徒を静かに受け入れる世に言う校正施設でもある。 毎年数名、この校舎にはそうした問題児が送り込まれてくる。 そして、立派に校正して社会へ帰って行くのだと言う。 寺院を校舎としているからと言って、生徒が坊主と言う訳でも、女子禁制と言う訳でもない。 男女共学で、一学年は約ニ○○名。 そこそこ立派な高校だ。 木造の校舎は、寺院の奥にあり、その向こうに男女別の寮が併設されている。 グラウンドはなく、山そのものが講義の場で、ここで過ごす学生は卒業するまでに大峰山脈を端から端まで数え切れないほど歩き回らされると言う話だ。 高岡啓太は、千葉県で補導されここへ配送された。 地元の大手デパート内で高校生と暴走族とが起こした喧嘩は、店内を破壊し、一般の非常に多くの人々に迷惑をかけたが、啓太は未成年と言うこともあり、保護観察処分を受け、県警からその後の補導について修堂寺への転校を両親が受けたのだ。 啓太の両親は極めて普通の一般家庭であった。 小学生の妹もいる高岡家に、地元暴走族が報復をしかねないと言うこともあり、一家は啓太の転校と共にこの奈良県へ引っ越してきたのだ。 しかし全寮制の修堂寺高校で、啓太は自身の校正と言う使命より先に、あの男と出会ってしまったのであった。 ※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※  泡沫矩人は、書道部で部長を勤める高校2年生。 現代では、公立高校を望む社会にあって生徒の数もそぞろの小さな私立高校だが、代々この高校で書道部を勤めるのは、地元で名立たる書家の名門の子だけであった。 云わずと矩人もまたその名門書家の嫡子であった。 平安の時代、まだ陰陽道が盛んだった頃、書家は文字を書く人ではなく、文字を操る人として知られていた。 文字を操ると言うのは、文字通り、ことばを持って何かしらの働きかけをすると言う意味らしい。 時代が流れ、戦国の世が長く続く中で、書家を名乗る陰陽師の家系は少なくなってゆく。 西洋から、易や星座などの占いが日本にも入ると、陰陽道は一種の占いとして世間から軽んじられるようになって行った。そして産業や工業の発展と科学の進歩は、今日陰陽師のことをすっかりと人々の心から忘れさせている。 そんな時代の高校生活で、書道と家訓に縛られながら矩人は、秘手として陰陽印を書に変える秘法を受け継ぐいわば修行のような日々を送っていたのである。 陰陽の術はとりわけ『呪い』と縁が深い。 人の怨念を字に込めるとそれは成就すると言う。 それを示すよい例が、高校で起きたあの事件であった。 ※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※   放課後に行われる部活動において、書道部はなかなか人気がない。 それなのになぜかこの学校の書道部の顧問は、偉そうだった。 この部に生徒が少ないのはあの教師のせいだと啓太は確信していた。 「また間違えた!何度言ったら分かる?!だからお前は成績が伸びんのだ!いいか!点を疎かにする者は、天より罰が下ると思え!」 ―― いいじゃんか!どうせ自分の名前なんだし、誰に迷惑をかけている訳でもないじゃん? つい余所見をして、俺は、「太」の字を「犬」と書いてしまったのだ。 転校そうそう啓太が入った部活が書道部と言うのは、なかなか不思議な話だ。 暴力沙汰を起こすほど血に飢えた獣のようだった男が、転校と同時におとなしくなってしまったのだろうか?いいや、そんな筈がない。 この男を変えたのは? それは一人の男だった。 男の啓太がゾクッとするほどの美貌を持った男だ。 書道部部長、泡沫矩人である。 一瞬、女か?と思うその顔は、切れ長で時代劇のような細面だが、か弱そうな女子のそれとは程遠い、澄んだ、それでいて神々しい威厳を保っていた。 度肝を抜かれるその出で立ちは、他を寄せ付けない威をその身に纏っているようでさえある。 肢体は細く、しなやかだが決して貧弱さや華奢などではないのが制服の上からでも容易に想像がついた。 千葉で暴走族や暴力団とも喧嘩をしたことがある啓太だが、その鍛え抜かれた物腰には、まったく付け入る隙を見出せないでいた。 ―― なんだ?こいつ?! この魔物の正体を知りたくて啓太はこの書道部へ入部したのである。 この男は、裏でとんでもない顔をしているに違いない。そう、啓太の野生の感が働いたのかも知れない。 しかしそんな啓太の思惑とは別に、ことの他部活は厳しいものだった。顧問の質問や指導は、部活に留まらず、生活全般に向かってきた。行動のすべてが書に表れると言うのが教師の言い分らしい。 ―― なぁんだ、てめぇ!!!! 心に怒鳴った。一触即発になろうかと感情がこみ上げる先で、そそとして、文句ひとつ言わず書を書きあげて行く矩人の姿が眼に入った。 その姿がまた絵になっていることが啓太には腹立たしかった。 ―― こいつの化けの皮は俺が剥ぐ!! そこへ同級生で隣のクラスの凪原亜兼(なぎはらあかね)が駆け込んできた。 凪原家は、泡沫家と同様で伝統のある書家の名門らしいのだが、亜兼はバトミントン部で書道は大の苦手だと言う。しかし、矩人との交友は幼馴染だからか昔からかなり近いようだ。 「矩人!お願い!あたしじゃ…無理!」 ときどきこの学校では不思議な事件が起こっていた。 今時の高校生が学校で暴れるのは、大して珍しいことではない。 しかし、その暴力事件のほとんどをこの2人が解決しているとしたら、どうだろう? いったいその事件をどうやって解決しているのか? 「彼女はいま、どこにいる?」 「校舎の屋上、うしとらの端に!ねぇ、矩人、彼女、飛び降りる気よ!!」 「丑寅の尾根か……」 矩人に啓太が興味を持ったのもその辺りからであった。 ―― 来たな?! 今日こそこいつの化けの皮を剥してやる。と部室を出てゆく2人を啓太が追った。 ※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※・・・・・・・・・・・※ 「なんて書いたんだ?」 啓太は、校舎のかどの屋根から飛び降りた女生徒をものすごい速さで駆け寄って、救い出す矩人の姿を追った。 そして、救い出されたことを悔い、目の前で暴れていた女生徒の胸に、水をつけただけの筆で文字を書いた矩人に向かって聞いたのだ。 その女性とは目の前で、すーっと静かに眠るように落ち着いて行った。やがて女生徒は我に返ると泣きながら謝罪し始めたのだ。 「《良》だよ。」 「りょう?」 「良いと言う文字。漢字は霊力を持っていてね、魔力と言ってもいい。同じ音の文字は音を介して感染るんだ。彼女の場合、《魂》と《艮》と《恨》が遷移していたんだよ。」 さらっと言うがむずかしい。 「《艮》って言う字を知っているかい?」 と啓太の手に書くと、矩人は続けて言った。 「“うしとら”とも詠むこの漢字は、東北を司る八卦の文字でもあるんだ。日が昇る東北には闇からの根絶が込められている。この《艮》に《心》が付くと《恨み》と言う文字になるだろ。彼女は、自身の苦しみから解き放とうと必死にもがいていたんだろう。でも、恨みが先立ち、彼女の心の痛みからの根絶を歪め、自殺へと導こうとしていたんだ。」 「へぇ……」 「《艮》も《恨》もコンと読むから、同じ音つまり《魂》に感染りやすいのさ。でもね、《艮》の上に点を打つと《良》になるだろ?立心弁に《艮》の《恨み》にも、点を打つと《悢》リョウと言う字に変わるんだよ。」 啓太は乗り物酔いに似たムカツキを覚えながら 「で…なんて言う意味なんだよ、それ?」 「気にかけたり、省みたりして哀しむって意味の漢字だよ。」 「あ、ああ……そうか。」 「彼女を、僕は《恨》から《悢》へと縛り変えたんだよ。」 「縛り変えた?」 「新しい《呪》、つまり《主》を与えてやったのさ。」 彼のその、さらっとした説明が何を意味しているのかを理解するまでにはまだだいぶ時間が必要だったが、そのとき初めて啓太は矩人を少しだけ近く感じることができた。 「おい!」 女生徒を介抱し教師に渡すと、憤怒を込めた声が啓太の後ろから轟いた。 啓太が振り向くと、そこには見たことのない制服の高校生がこちらを睨んでいた。 「誰だぁ、てめぇ?!」 啓太は、自分が喧嘩を売られたと思いすぐさま立ち上がって吼えた。 しかし、その学生の視線は啓太を越えてその先を捉えていた。 「おまえが、テンガの称号を持つ陰陽書師か?!」 紫の学生服に一振りの大きな筆を持った、少し年上に見えるその男は、そうはっきりと聴こえるよう、大きな声で言った。 矩人と男に挟まれながらこのときはまだ、書道部から始まる事件の数々が、啓太の人生そのものを変えるとは夢にも思っていなかった。 ただ、不思議な漢字の持つ霊力に啓太はこのときからとり憑かれたのである。 つづく
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